この記事内容には、明らかなミスリードが多数含まれています。 標識のない捕虜輸送船を日本がわざと運用していたように書かれていますが、当時のアメリカを代表とする連合国側は、標識を掲げている船(民間船)でも容赦なく攻撃していました。つまり、アメリカ軍の戦闘機は標識が無いから攻撃したわけではなく、日本の船と思わしきものを手当たり次第に攻撃しており、その中にたまたま捕虜輸送船が含まれていたという話です。また、捕虜を衛生状態が劣悪な環境に閉じ込め、食事も満足に与えていなかった…と書かれていますが、日本兵・日本人も基本的に同じです。アメリカ軍の容赦の無い兵站輸送網破壊作戦により、本土もそうですし東南アジア各地の日本領でも満足な物資が確保できなくなりました。捕虜だから虐待されていたわけではなく、日本兵・日本人と同じ環境待遇を、大げさに「虐待された」と騒ぎ立てているだけです。これは後の歴史検証でも明らかです。 終戦直後の戦争裁判では、これら被害者(戦勝国)側に有利な証言のみが取り上げられ、日本兵(記事内では上級曹長)が絞首刑にされました。戦争裁判で、士官ではなく兵卒が責任を追及され絞首刑にされるというのは、なかなか聞かないのではないでしょうかね。 ちなみに、アメリカ軍における日本軍捕虜の扱いがこれら歴史資料に全く登場しないのは、基本的に連合軍側の行為が中庸視点で見ると非常に都合が悪いからです。例えば、そもそもアメリカ軍は日本軍捕虜をほとんど取りませんでした。ですが、それは日本兵が"捨てがまり"として全員討ち死にしていたからというと、そうではなく。少なくない数の日本兵は降伏を選択していました。ですが、アメリカ軍はこの日本兵の降伏を受け入れず、現場で"処理"していたわけです。この代表的なシーンは、戦後の映画『父親たちの星条旗 (クリントイーストウッド監督)』、、、のカウンターパートとして制作された『硫黄島からの手紙 (同監督)』でも描かれています。また、海軍の戦いでもこれは同じで、アメリカ軍によって撃沈された日本軍艦に搭乗していた乗組員は、海上漂流中に自軍兵を助けに来たアメリカ海軍の駆逐艦から機銃掃射されて虐殺されています。 また、少ない数の日本軍捕虜については、確かにアメリカ軍の後方に輸送され捕虜施設に抑留されることになりましたが、そこでも日本軍捕虜はアメリカ兵から人種的差別や虐待を受けています。軍艦の甲板上で、下着姿で拭き掃除をさせられる日本兵の写真が残っています。 これらの歴史的事実については、戦後の戦争裁判では、一切取り扱われていません。これは明確に、被告人である日本兵側が指摘したとしても相手にされなかったという意味で、戦勝国側の都合により揉み消された闇となります。
- 元記事
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第2次大戦中に捕虜を輸送した「地獄の船」、沈没から80年以上経て発見 フィリピン沖
https://www.cnn.co.jp/fringe/35249173.html
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