2025/06/23

【Mastodon再掲】(コメント) プーチンがいなくなっても侵略行為は終わらない!背景にあるロシア特有の被害者意識や支配欲…日本人が知っておきたい重要なポイントを歴史から解説

ロシアのウクライナ侵攻は宗教戦争の側面もある。 2018年に正式に発足したキーフ総主教庁のウクライナ正教会が、翌2019年にトルコ・イスタンブールにあるコンスタンティノープル総主教庁(東方正教会の歴史的権威)から独立正教会の地位を認められている。一般的な認識の通り、ウクライナ正教会はそれまではロシア正教会の一教区として、自治教会の地位にあった。だが、先ほど書いた通り、ウクライナ正教会が独立教会としての地位を与えられることになり、つまり立場上、ロシア正教会と並ぶ立場を得ることになってしまった。ロシア正教会は、明確にこの件を批判している。ウクライナ戦争に対しても「聖戦」とも取れる内容でロシア側の行動を奨励している。 そもそも東方正教会は東ローマ帝国のコンスタンティノープルにあった総主教座であるアヤソフィア大聖堂が根拠地となっていた。だが世界史で習うように、東ローマ帝国はイスラム教のジハードにより1453年に陥落。その後オスマン帝国の庇護下に入り滅亡はしないもののその権威は失墜した。大聖堂のイコンや聖遺物は略奪・破壊の対象となり、また大聖堂自体もモスクへと改造されてしまう。ではこの間に世界の東方正教会は消滅していたのかというとそうではなく、ここで出てくるのがモスクワ大公国による「第三のローマ」という自称になる。要は、コンスタンティノープルの威光が滅亡した世界において、モスクワ大主教座がその権威の中心になろうとしたわけだ。これは実際に、1589年にコンスタンティノープル総主教座によってロシア正教会として承認を得るに至っている。そしてこれが、今日のロシア正教会の実質的権威へと繋がっているのだ。 また、もう一つ付随事項として挙げておきたいのが、今日におけるコンスタンティノープル総主教座の立場である。先ほど少し話に出たアヤソフィア大聖堂がモスクに改造された件だが、その後、オスマン帝国が第一次世界大戦の結果によって滅亡した後、国体は現在のトルコ共和国に置き換わった。そしてそのモスクも、イスラム教の宗教施設が追放され博物館として開放されるに至る。完全に東方正教会の手に戻ることはなかったが、モスク化により上書きされていた聖堂時代のフレスコ画・モザイク画などが修復作業により元に戻されていっていた。コンスタンティノープル総主教座として権威が復帰することはなかったが、物理的にその拠り所が戻されていくというのは救いであっただろう。だが、最近になってその元大聖堂の博物館が、再びモスクに戻されてしまった。2020年に、トルコのエルドアン大統領はアヤソフィアをモスク化する大統領令に署名し、実際にイスラム教の金曜礼拝が聖堂内で再開された。これは、東方正教会において再びコンスタンティノープル総主教座の権威が失墜した出来事として認識されている。 ここまでさらっと歴史的俯瞰を続けてきて、ある事実が浮かび上がってくると思う。それは、つまりウクライナを巡って、コンスタンティノープルとモスクワの東方正教会の因縁が衝突しているということ。歴史的に権威が失墜しているコンスタンティノープルと、それに承認されたキーフ。そして、現在の東方正教会において実質的権威に君臨しているモスクワ。それらの因縁が確かに存在するということだ。もちろん、プーチンがこれだけを理由にウクライナ侵攻を始めたわけではないが、少なくともロシア正教のロシア国民がどのようにウクライナを捉えているのかは分かるし、プーチンがいなくってウクライナ侵攻が止まるというのが全くの妄想であるというのも、よく分かる現実であると思う。

  • 元記事
  • プーチンがいなくなっても侵略行為は終わらない!背景にあるロシア特有の被害者意識や支配欲…日本人が知っておきたい重要なポイントを歴史から解説
    https://wedge.ismedia.jp/articles/-/37692

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